マンジャロ騒動におけるインフルエンサーの法的責任

※本記事は医療行為・医薬品の推奨を目的としたものではなく、公開情報をもとに法的論点を整理したものです。健康・医療に関する判断は必ず専門家に相談してください。

報道も多く気になっている方も多いかと思います。そこで今回の深掘りは実際に法的観点から問題になりうるのか否か、に焦点を当てていきます。

「ゆいぴす」さんの事例を軸に ― 薬機法・景品表示法・民事責任の観点から


本稿は、糖尿病治療薬「マンジャロ(一般名:チルゼパチド)」をめぐる一連の騒動において、インフルエンサーとして発信に関与したとされる人物(以下、便宜上「本人」とする)に関係しうる法的責任を、現時点で公開されている情報の範囲で整理するものです。なお、本稿は特定の法的見解を断定するものではなく、問題の所在と論点を示すことを目的としています。

前提として、本人が実際に販売行為をしたのか、報酬を受領していたのか、広告内容の決定にどの程度関与していたのかは、外部から確定することができません。以下はあくまで「関係しうる責任」の整理であり、成立が確定しているという意味ではありません。

1. 事案の概要

マンジャロは、厚生労働省が承認した糖尿病治療薬であり、その適応は「2型糖尿病」とされています。しかし、体重減少を促す副次的作用から、医療的適応のない一般消費者の間で「やせ薬」として流通し、SNS上で広く拡散しました。

今回の騒動では、本人がキャバ嬢オーディション番組内でオンライン処方サービスのアンバサダーに就任し、SNS上で「打ちな?私は5キロ痩せた」という趣旨の投稿を行ったことが炎上の発端とされています。その後、本人は謝罪動画を公開し、アンバサダー就任の辞退および報酬の不受領を表明しました。東京都薬務課は当該サービスに対して販売中止を求める警告を行っており、別途、大阪では3名が薬機法違反(無許可販売・保管)で書類送検されています。

2. 法的責任の全体像

本事案において本人に関係しうる法的責任は、大きく以下の3領域に整理されます。なお、無許可販売そのものの刑事責任は、通常、実際に販売・保管を行った者に対して問われるものであり、本人が販売側でなかった場合、直接これに当てはめることは困難です。

法分野問題になりうる行為主な根拠条文現時点での見立て
薬機法(広告規制)承認されていない効能(ダイエット効果)を想起させる形での推奨発信66条・68条・72条の5最も現実的に問題化しやすい領域
景品表示法効果を過度に強調し、実際より著しく優良と誤認させる表示5条・8条主体は事業者だが、関与の度合い次第では対象になりうる
民事責任発信を信じて購入・利用した者に損害が生じた場合民法709条理論上はありうるが、立証ハードルは高い
薬機法(無許可販売)販売・転売・販売目的での保管24条・49条・84条販売の事実がなければ直ちには適用困難

3. 薬機法上の責任

広告規制の問題が中心

薬機法が規制するのは、販売行為だけではありません。同法第66条および第68条は、承認されていない効能・効果を標榜する広告を禁止しています。本人が行ったSNS上の発信が「広告」に該当するかどうかが、最初の論点になります。

法律上、「広告」に該当するには、①特定の商品・サービスの利用を促す目的を持ち、②一般消費者に向けられ、③当該医薬品について何らかの印象を与えるものであること、という要素が問題になります。「打ちな?私は5キロ痩せた」という表現が、ダイエット目的での利用を促す趣旨のものであったと評価されれば、薬機法上の広告に該当する可能性があります。

特に、マンジャロは糖尿病治療薬として承認された医薬品であり、ダイエット目的での訴求は承認外の効能を強調するものとして、法的にきわめて慎重に扱われるべき領域です。

行政上の責任と罰則の構造

薬機法上の広告規制に違反した場合、段階的な行政対応がとられます。まず行政指導・措置命令が出され、それでも是正されない場合に公表・課徴金納付命令へと進みます。課徴金の額は、対象となる取引の対価合計額の4.5%とされています。

現時点で、本人は書類送検・逮捕には至っておらず、東京都からの警告(販売中止要請)の範囲に留まっています。ただし、調査の進展によっては責任範囲が明確化する可能性は残ります。

4. 景品表示法上の責任

景品表示法第5条は、商品・サービスについて実際より著しく優良であると見せる「優良誤認表示」を禁止しています。本人の発信が、体重減少の効果を断定的に示し、医療上の注意点や個人差を事実上捨象していた場合、消費者に誤認を与える表示であったと評価される余地があります。

もっとも、景表法は通常、まず事業者への適用が中心となります。本人個人への直接の法的責任がどこまで及ぶかは、広告内容の作成にどの程度関与していたか、独自に表示内容を決定していたか、事業者と一体として表示を行っていたか、といった事情に左右されます。

景表法の観点では、本人を「主犯」として捉えるよりも、事業者側の表示規制の問題に発信者として巻き込まれる余地がある、という位置づけが現実的です。課徴金は原則として売上額の3%(一定の再犯的場合には4.5%)とされています。

5. 民事上の責任

発信を信じて購入・利用した消費者に損害が生じた場合、民法第709条の不法行為に基づく損害賠償が問題になることがあります。一般論として、虚偽・誇張広告により購入させ、損害が生じたといえるなら、発信者自身に民事責任が及ぶ可能性は理論上存在します。

しかし、実際の請求では、その発信を信じて購入したこと、その結果として損害が生じたこと、その損害と発信との間に相当因果関係があること、を被害者側が立証しなければなりません。特に医薬品の場合、健康被害が生じたとしても、「その薬が原因なのか」「正規の処方ではなく不適切な入手・使用が原因ではないか」など、争点が多岐にわたり、立証のハードルは高い状況です。

6. 総合的な評価と優先順位

現時点で公開されている情報をもとに、法的責任の現実的な優先順位を整理すると、以下のようになります。

1薬機法上の広告規制違反(最も現実的)

ダイエット目的を強く想起させる発信が医薬品広告に該当するかが中心争点。行政指導・措置命令・課徴金の対象となる可能性。

2景品表示法上の不当表示

主体は事業者側だが、発信内容・関与の度合いによっては無関係ではいられない。課徴金(売上額の3〜4.5%)の可能性。

3民事上の損害賠償責任

理論上はありうるが、損害・因果関係の立証が必要で実務上のハードルは高い。

4薬機法上の無許可販売(刑事責任)

本人が実際に販売行為をしていた事実がない限り、直ちに適用することは困難。

7. 現時点で断定できないこと

以下の点については、現時点の公開情報のみでは断定することができません。

まず、本人が薬機法上の「無許可販売」に当たるかどうかです。これには実際に販売・転売・販売目的での保管をしていた事実が必要であり、単に宣伝していたというだけでは通常そのままでは販売罪には結びつきません。次に、景表法上の課徴金が本人に直接及ぶかどうかについては、誰が表示主体なのか、売上の帰属がどこにあるのかで結論が変わります。また、民事において実際に賠償責任が認められるかも、損害・因果関係・違法性の立証次第です。

8. 本事案が示す論点

本事案は、インフルエンサーによる医薬品関連情報の発信がいかなる法的リスクを内包するかを、具体的に示す事例です。「アンバサダー」という立場で、医療の専門知識を持たない発信者が、承認外の効能を連想させる形で医薬品・医療サービスを推奨することは、薬機法の広告規制の観点から重大な問題を孕んでいます。

また、本人が事後的に謝罪・辞退を表明したとしても、発信自体がすでに広く拡散している以上、広告規制上の問題が遡って消滅するわけではありません。インフルエンサーが医薬品関連の広告に関与する際には、事前に適法性の確認が不可欠であることを、本事案は改めて示しています。


本稿は公開情報をもとに法的論点を整理したものであり、法的見解の断定・個別の法律相談を目的とするものではありません。本事案の詳細については、今後の行政・司法の判断を継続して確認することが必要です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました